キャリア対談キャリア対談

入社2年目にしてビッグプロジェクトの旗振り役に

谷井
私の村田機械に入社してから今まではぎっちり中身の詰まった3年半でした。中でも、2年目にインドで開かれた見本市のオーガナイザーを任され、伊藤さんをはじめ、先輩方の協力をいただきながら最後までやり遂げた経験は大きかったですね。自信と度胸がつきました。
伊藤
見本市は、われわれ繊維機械事業部にとって、世界の市場に独自の最先端技術をアピールするとても重要な機会。そのオーガナイザーの仕事は当然重責を伴うため、2年目ではさすがに荷が重かったはずです。それにも関わらず、よくやったと思う。わずかな期間に営業の仕事の全体を把握することができ、いい勉強になったでしょう。まず、準備期間中に機械の据え付けをこなし、バスやホテルのアレンジもする。さらに、展示会開催中には、オーガナイザーとして、さまざまなパターンのお客さまへの対応に参加する。購入を前提に新しい機械を視察に来られている方、村田機械の技術に興味を持ち説明を聞きたいと思って来られている方、現在稼働中の機械に問題を感じ改善提案を期待して来られている方…。多種多様なお客様をお迎えしてのミーティングに同席して、生きた教科書を読むような体験ができたことと思います。
谷井
早くそういった恵まれた経験ができたのも、“ミスター見本市”の異名を取る伊藤さんが、ヨーロッパから帰任し、わがチームに加わって、助けてくださったからこそです。
伊藤
3月に帰任して、同じチームに移ったのが6月。もうその時には本番までほぼ半年というタイミングでしたね。
谷井
全て手探りだったので、助けがないとどうなっていたか。実は伊藤さんとは初対面の前に一度電話でお話しているんですよね。ヨーロッパにおられる伊藤さんに、うっかり時差のことを忘れて朝4時に電話してしまい、こっぴどく叱られて。以来、よほど恐い人だと思っていたんですが、帰任早々部長と話されている伊藤さんの、肩の力の抜けた大らかな雰囲気に、イメージが一変しました。

成長の軌跡は、ホップ、ステップ、大ジャンプ!

伊藤
しかし、谷井君も大変だったね。2年目からいきなりチームの営業サポートを一手に任されたうえに、見本市のオーガナイザーまで担当して。
谷井
営業サポートの仕事は、1年目の年に5年目の先輩から手取り足取り教えてもらったので何とか一人でやれると思ったんですが、インド、パキスタン、バングラデシュの全域をカバーしきるのはやはりそう簡単ではなかったですね。当時も、伊藤さんが、どうすればより効率的かを一緒になって考えてくださったから乗り切れたようなものです。当時教わった考え方は、今でもすごく役立っています。
伊藤
そのサポート業務の傍ら、8月に2人で見本市の下見に行ったのが、谷井君にとっては初の海外出張。私の顧客訪問にも同行してもらったよね。
谷井
見本市が開かれるムンバイから、南部の片田舎の工場まで足を伸ばしました。お客様へのご挨拶ということで、和気藹々とチャイを飲んでお話しただけでしたが、私にとっては初の営業現場で、何もかもいい勉強でした。
伊藤
そして3年目にはもうパキスタン担当として独り立ちして、年間数十億円の受注を獲得。本当に素晴らしい活躍だと思います。
谷井
ありがとうございます。それも、伊藤さんがインドと共に担当されていたパキスタンを引き継いだら、諸先輩方が撒いた種がちょうど実る時期に当たっていて成約が相次いだというのが大半ですからね。本当に恵まれた3年間を過ごさせていただきました。

海外で働く中での出会いや異文化の刺激に、グローバルスケールを実感

伊藤
営業活動をする上で、すごい人にも出会えたんじゃないかな?
谷井
そうですね。パキスタンでは繊維は花形産業ですから、お客様はみな、国を背負って立つ大企業ばかり。そんな国の幹部クラスの方々と会って話ができるだけでもすごいことです。パキスタン有数の富豪本人と直接お話させていただいたこともありました。
伊藤
私も、フォーブスに名を連ねる大富豪から、百年以上の歴史を誇る老舗工場のオーナーまで、記憶に残る出会いがどっさり。大勢のお付きを従えた財閥オーナーとたった一人で対面した時は、さすがに気分が高揚しました。高付加価値化で生き残ろうと、天然、合成、混紡など100種類以上の糸を手掛けておられる老舗工場のオーナーから、繊維機械の課題について教えていただいた時のことも忘れられません。イタリアのミラノのど真ん中の古いショッピングモールの中に築200年ぐらいの工場があって、石造りのゲートをくぐって入っていく…。服飾や建築などヨーロッパの文化の厚みを実感しました。
谷井
インドやパキスタンも異文化の刺激には事欠きませんね。私の担当するパキスタンは親日感情が強くて、村田機械の製品も、もう30〜40年も使ってくださっています。だから、根っこに信頼関係ができていて、互いの文化を学び合う余裕もあります。

求められるのは、地球規模の視野とcool head&warm heart

伊藤
4年目の今は、異文化の刺激を楽しみつつ、戦略的に動くおもしろさも味わい始めているところかな。
谷井
今度また去年のような設備投資の波が来た時、同じように村田機械を選んでいただけるように、現地のエンジニアと戦略を練り始めています。
伊藤
繊維需要は基本的には人口増加に伴って増えているけれど、原綿の価格が投機などによって上下するので、繊維の生産に波ができる。それに加えて、繊維の生産に有利な国が為替に伴って変化する。その結果、たとえばパキスタンが好調でインドが沈んだり、その逆になったり。あるいは、世界のどこかの国で繊維機械の需要が突然一気に高まるようなことも起こるわけです。こうした浮沈や変動への対応力も今後は大切になってくるね。私が若手の頃は、担当の市場が下降の局面に入って時間が浮くと、志願して新しい国の開拓に挑戦しました。未開拓の国でも村田機械はよく知られていて意外に簡単に販路を拓けて、ブランド力のありがたみを感じることも多かったですね。自分なりの戦略を描いて、どんどん大きなことに挑戦してほしいと思います。
谷井
当面、担当するパキスタンは、村田機械独自の方式を採用したVORTEX(ボルテックス)紡績機の普及がまだまだこれからなので、いったん投資の波が引いた今はVORTEX紡績機の種をしっかり撒いておく時期だと思っています。具体的には世界的な家具販売店や流通チェーンなどに卸すベッドカバーやテーブルクロスなどをつくっているメーカーさんに、VORTEX紡績機で紡いだ糸だからこそできる布の魅力をお伝えし、間接的にVORTEX紡績機の需要を喚起していくという戦略です。将来的には伊藤さんのように新市場の開拓などにもぜひ挑戦したいです。

より良い機械で新興国を支え、世界の布地に変革を

伊藤
この仕事には実は、新興国の発展に貢献できる喜びもあるんですよね。たとえば、政府の無償援助の一環として、JICAさんから依頼を受けてウズベキスタン、エジプト、エチオピアなど新興国の職業訓練学校に機械を入れさせていただくことがあります。すると、そこで学んだ若い人たちに、優れた機械さえあれば紡績で前を走る中国やインドに追いつき追い越すことも夢ではないということが伝わり、その希望が国の勢いになっていく----。
谷井
村田機械の最新鋭の機械で学んでいただくわけですね。
伊藤
なかには当社の新旧の機械を年代順に並べて、紡績の歴史を学べるようにしている学校まであります。そのような場で学んだ人がお客様の工場にも大勢おられて、訪問して話を聞くと、当社の歴代の機械にすごく詳しいので驚かされます。
谷井
そういう土壌があると、今使っていただいている機械の「どこをどうすればさらによくなるか」ということも考えてもらいやすいですよね。私は、そうした市場の声を技術部門にフィードバックし、ものづくりに貢献できる営業を先々の目標としてイメージしています。村田機械のものづくりに貢献することで、お客様、引いては新興国の発展に貢献できればすばらしいと思います。伊藤さんは何を目標にされているのですか?
伊藤
私は、村田機械独自の紡績方式を業界のスタンダードにして、世界の布地を一変させたい。さらにその先もずっと現在のグローバルNo.1の地位を維持して、世界への貢献を重ね続けていきたいですね。
※所属・年次は2014年取材当時のものです
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