革新の分岐点 Story vol.5

― 半導体製造の未来を切り拓く ― デッドスペースを価値に変え
世界の搬送を塗り替えた
OHTの横出し機構

デジタル社会には欠かせない半導体。
その巨大な製造工場を支える天井走行式無人搬送車「OHT」に
小さな発想の転換を取り入れ
搬送の常識を大きく変えた挑戦がありました。

はじまりは、深刻な危機感から

2003年頃、ムラテックのクリーンシステム事業部(現 クリーンFA事業部)は、液晶パネル搬送分野ではシェアを拡大していきましたが、半導体の材料となるシリコンウエハの搬送分野では深刻な危機に直面していました。
半導体製造の基盤となる300mmウエハの量産が本格化し、半導体工場の自動化需要が高まっていたにもかかわらず、競合他社に大きく後れを取っていたのです。大型プロジェクトへの参入も難しく、新規案件が出ても声がかからないほど、市場でのムラテックの存在感は薄れていました。

「事業部だけではなく、全社の力を結集して開発に取り組むべし」

経営トップから全社に向けて強い危機感とともに指針が共有され、当時発足したばかりのR&Dセンターとの共同プロジェクトが緊急発足しました。目標は、従来の天井走行式無人搬送車OHT(Overhead Hoist Transfer)を根本から見直し、競合を圧倒する新製品を生み出すこと。のちに「SRC330」として製品化されるこの新型OHT開発プロジェクトには、会社の未来がかかっていました。

「決定的に勝てるもの」
をつくれ

プロジェクトの統括責任者から開発メンバーに出された指示は明快でした。それは、「決定的に勝てるコンセプトが見つかるまで設計に入るな」というもの。搬送速度を上げる、振動を減らす。そうした従来の延長線上の改良では、競合企業に勝つことはできないからです。お客さまに「ダントツの価値」を提供できる、まったく新しいコンセプトが求められていました。

しかし、そんなものが都合よく見つかるはずもありません。開発メンバーは数カ月にわたって、顕在化していない「もやっとした課題」をお客さまにヒアリングし、開発コンセプトの足がかりを模索し続けました。そんな中で、開発メンバーにひとつのヒントが届きます。それは、工場全体での装置の配置や加工順をお客さまからつぶさに伺い、OHTのレイアウトに落とし込む役割を持つシステムエンジニアが、開発メンバーに訴えた声でした。

「お客さまは、離れた場所にあるストッカー(保管棚)ではなく、加工装置の近くに仕掛かりのウエハを置きたがっている」

この何気ない一言が、プロジェクトの分岐点となりました。

開発を一気に前進させた
「横出し」の発想

半導体の製造工程では、ウエハをFOUP(フープ)と呼ばれる密閉容器に収め、複数の加工装置間を何度も行き来させます。その役割を担うのが自動搬送装置OHTで、FOUPを把持しながら天井に敷かれたレールの下を走行します。

OHTは、装置の真上に移動し、装置への出し入れ口となるロードポート上に昇降ベルトでFOUPを上げたり降ろしたりします。加工前に待ち時間が発生すると、装置から離れた場所に配置されているストッカーへFOUPを運んで一時保管し、必要になった時に再び取りに行くというプロセスが、かつては大きなロスを生んでいました。

そこに生まれたのが、「加工装置の上に仮置きできる棚をつくり、OHTでFOUPを置いてみたらどうか」という発想です。棚に置くには、上下の昇降だけでなく、横方向にFOUPを移載する「横出し」の仕組みが必要。さっそく試作図が描かれると、行き詰まっていた開発が一気に動き出しました。

当時、開発パートナーでもあった米国の大手半導体工場のお客さまに横出し機構を提案し、議論を重ねる中で構想はさらに進化します。加工装置の上に設置されていた仮置き棚は、レール脇に棚を設置しFOUPを並べるサイドトラックバッファ(STB)設計へと発展し、ストッカーを経由しない新しい動線が見えてきました。これにより、搬送の手間と時間を大幅に削減できるだけでなく、ストッカーがなくても同等の保管量を確保できる目処が立ったのです。

全社の技術を結集し、
発想を現実にする

次に始まったのが、FOUPを横に出すための本格的な技術開発でした。しかしここで、大きな壁に突き当たります。事業部が最初に考案したのはハンドリングロボットに使われるスカラー(水平多関節)アーム方式でしたが、関節部を収めるためのスペースが必要となり、OHT本体の大幅なサイズ変更を伴うため既存ラインには適用できなかったのです。「ちょっと横へ」という発想が、途端に重たい課題へと姿を変えました。

その後もさまざまなアイデアが浮かんでは消えていく中、この難航する局面を救ったのは「R&Dセンター」でした。全社の要素技術開発を統括する同部門が、各事業部のノウハウや設計思想を結びつけ、部門の枠を超えた連携を実現。この連携によって、他事業部で使われているメカ機構を応用した「スライドアーム」式の横出し機構が、現実のものとして形を得ていきました。

そして、開発開始から2年後の2005年6月。「SRC330」はついに量産出荷を開始します。初期納入先でも大きなトラブルなく立ち上がり、横出し機構は期待どおりの効果を発揮しました。

「ちょっと」が変えた
業界の常識

SRC330の登場は、単なる搬送効率の改善にとどまりませんでした。横出し機構はデッドスペースに新たな価値を与え、より多くの加工装置を配置できる環境を生み出したことで、工場の設計思想や生産体制そのものを進化させたのです。

この技術は瞬く間に広がり、レール脇に吊り下げられた棚にFOUPを一時保管するSTBはやがて業界のデファクトスタンダードとなりました。ムラテックの半導体工場向け搬送システムはこの革新によってシェアを大きく回復し、クリーンFA事業は、今や企業規模の拡大を牽引し続けています。

横出しというシンプルな機構が、なぜこれほどの革新を生んだのか。それは、お客さまの「もやっとした課題」に真摯に向き合い、事業部とR&Dセンターが組織を越えて共創し、全社の技術を一つの目的に束ねたからに他なりません。

「ちょっと」横に出すという、わずか数十センチの発想の転換。その小さな一歩が、半導体製造の未来を大きく動かしました。革新は、大きな飛躍から生まれるとは限りません。見過ごされていた前提に目を向け、そこに新たな価値を見出すこと。その積み重ねこそが、世界の動線を書き換えていきます。

私たちはこれからも、価値の前提そのものを問い直し、半導体のものづくりにおける分岐点を創造していきます。

搬送の常識を塗り替え
半導体製造の未来を支える
ムラテックのクリーンFA事業