第38期

吉富萌子さん

米国 ハーバード大学学術系大学院 地球惑星科学部 Ph.D.Program
(米国 ハーバード大学学術系大学院 地球惑星科学部 Ph.D.Program)
2007年4月~2009年3月

私は今、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ市とボストン市を隔てるチャールズリヴァーに架かる橋の上で、どこまでも続く空を眺めている。雲一つない空の青は、Nathaniel Hawthorneが“The Scarlet Letter”に描いたニューイングランドの陰鬱で閉塞感漂う冬の空とはかけ離れたものであり、透明感さえ感じさせる。

私は2006年の夏、大気科学におけるPh.D.学位の取得を目指し、この地にやって来た。著書との偶然の出会い以来、学部4年間、ずっと憧れ続けてきた大気科学者がハーヴァードには居た。彼の指導の下でPh.D.取得に向けた勉強・学位研究ができることが何よりも嬉しく、大気科学に対する大きな情熱とこれから始まろうとしている新しいことにわくわくする気持ちを抑えきれない状態だった。そして、そこには、世界中から集まる人と物の資源が作り出す大変刺激的な研究環境、大気環境問題をサイエンスとしてだけではなく、政策や経済、ひいては資源・エネルギー工学との関わりなど学際的なものとして捉える眼を養うための機会など、実に豊かな知の土壌があった。

このような空間に身を置き、私は一つでも多くのことを自分のものにしようと必死になった。ケネディ行政大学院(Harvard KSG)などのハーヴァードの他のスクールや地下鉄で2駅離れた場所に位置するMITで展開される講義やセミナーに参加するため、マウンテンバイクで走り回った。また、頻繁にハーヴァードがホストとして行われるプロジェクトのワークショップや世界各地から私達の研究グループを訪問して来る科学者に対するラウンドテーブルにおいて、自分の研究内容に対する多角的なコメントや提案を得ることは大変貴重であり、何よりもネットワーキングの拡大が嬉しかった。

2008年の春、Qualifying Examinationに合格しPh.D.Candidateとなった。この頃にはケンブリッジに拡がるチャンスには満足できないようになり、私の目は外に向いていた。ここで大きなサポーターとなってくださったのが、村田海外留学奨学会である。例えば、奨学会の大きなサポートの下、スコットランドアラン島で行われた、欧州大気科学学会が主催するサマースクールに参加した。モデリングをメインの研究手法としている私が大気観測を学ぶ意義はとても大きかった。さらに重要なことには、欧州各国から集まった大気科学者との出会いから大きな刺激を受けた。そして、幸運なことに、サマースクール中に進めたプロジェクトに対して“Best Science Prize”が授与された。

私は世界中の多くの方々に支えられ、いろいろな場所で数々の研究機会を頂いてきた。大好きな大気科学領域における「学ぶ場」を求め、がむしゃらに走り続けて十年以上が過ぎ、今このように大好きな研究に没頭しているにも拘らず、時に自分の成長を疑問に思う。「外国人として異国に生き」つつ「大学では正規の学生として学位取得を目指す」ことは決して容易なことではない。Ph.D.までの道のりは予想していたようなただ真っ直ぐな道では決してなく、今の私にはいろいろな心の葛藤もあることは確かだ。しかし、自分の力を試すには絶好の場所だと信じた場所に出向き、同じ学問領域の研究に大きな情熱を持つ者と競う中で、自分の研究に対する気持ちを再確認し、己から泉のように湧き出てくる気持ちを見つめることは実に楽しいものだ。つまるところ、私は今この地で自分自身と闘い、自分自身の可能性を己に問うている。

幾つもの飛行機雲が走っている青空を見ながら私は思う―自分は今、何に向かおうとしているのか?ハーヴァードにおける"grad life"は、渡米前に持っていたイメージをいろいろな意味で覆した。毎日毎週コースワークのための勉強と研究に溺れかけていた1年目、 teaching/mentoring の仕事とQualifying Exam のための勉強・研究で過ぎ去った2年目、そして研究とteaching/mentoringにただ没頭した3年目以降、どの期間の自分を振り返っても、自分が科学者として、人間として、成長している確固たる実感を掴むこともできないまま、いやそんなことを考えることもないまま一日を過ごすことで精一杯だった。
そんな孤独な闘いの中で、他人の中に自己の存在を見ることが私を元気づけた。家族や友人からの言葉に大きく支えられた。そして、村田海外留学奨学会理事長および事務局の方々からも、お手紙やメールでたくさんの温かい励ましのお言葉を頂いた。今の私は、留学前に想像していたように、一日の終わりに、自分が少しでも自分の目標に近づいているという進歩を感じることはできない。しかし、幸運なことに、自分が一緒にいたいと思う人々に多く出会える場所が、ハーヴァードに、そして日本に、また世界中のいろいろな場所にあることを知っている。頻繁に会えなくとも、同じ空間で議論を交わさなくとも、お互いの活躍を願い合える人の存在は非常に大きい。

最後になりましたが、物心両面での温かいご支援で私の研究活動を支えてくださった村田海外留学奨学会に対しまして、心より御礼申し上げます。村田海外留学奨学会のこれからますますのご発展をお祈りするとともに、今後も海外に自己の力を試す場を見出した野心的な学生が奨学生としてその機会を得られることをお祈りいたします。