第54期
岩田裕里さん
(九州大学大学院 芸術工学府芸術工学専攻 修士課程2年)
2023年8月~2025年7月
2023年から村田海外留学奨学会のご支援をいただき、アメリカのロサンゼルスにあるSCI -Arc(南カリフォルニア建築大学)という、実験的な建築設計を実践する大学院に留学しています。日本で大学院時代に携わったコンピュテーショナル・デザインのプロジェクトをきっかけに、建築のデジタル分野で最先端の試みを行うこの学校に興味を持ち、留学を志しました。
留学先では、日本での建築教育とは全く異なる教育スタイルの中で、今までの知識を覆しながら、設計という行為を一から学び直しました。ここでの設計過程では、主にデジタルとアナログの手法を横断的に行き来しながら、建築の新しい形態を探っていく実践を重ねています。具体的には、AIやアルゴリズムを用いた設計、3Dプリンタ・CNCミル・ロボットアームなどのデジタルファブリケーションを用いた形態創生などを試みています。単にプロセスを探ることにとどまらず、デジタルテクノロジーの歴史的背景を掘り下げ、時には哲学的議論を参照しながら、そのようにして生まれる建築空間がどのように作用し、何をもたらすのかを考察し、設計理論として構築しています。設備の充実した環境と優秀な学生たちに囲まれて研究するのは、心身ともに充実して刺激的な毎日です。また大学では、外部の人物を招いて開かれる講演会も多く、ピーター・アイゼンマンやバーナード・チュミといった、本で学んだような建築家の思想を直接聞くことができる機会もありました。図書室で多くの学生と一緒に、彼らの生の議論を目の前で聞けた経験は、留学によって得られたかけがえのないものです。

ロサンゼルスは独特の魅力を持つ都市です。美しい自然と広大な土地の中に多様なコミュニティが境界を隣り合わせてひしめき合い、人々はおおらかでありながら情熱的です。私たちが一般に想像する大都市とは異なり、高密度な都市空間というよりも車社会の中で分散的に成り立っている都市ですが、この街を知るためにできる限り公共交通機関と徒歩でさまざまな場所へ足を運び、多くのものを見聞きするよう努めました。私の住んでいた日本人街であるリトルトーキョーをはじめ、複数の国の文化が共存することで作り出している独特の空気を直接肌で感じながら過ごした日々は、ここでしか経験し得なかったものだと思っています。さらに日常の中に豊かで心地良い建築空間が数多く存在しており、週末にはダウンタウンまで歩いて、ディズニーコンサートホールの裏庭やウェスティンホテルの回廊で読書するなど、とても贅沢な時間を過ごすことができました。

ただアメリカでの生活は必ずしも全てが期待に沿ったものではなかったように思います。学校周辺の地区は、ロサンゼルスの中でも特に治安の悪い場所として知られ、日常の中で貧困や犯罪を目の当たりにすることも少なくありませんでした。また今まではニュースの中でしか見ることのなかった政治的混乱やその影響も、家のすぐ前の道で起こる身近な出来事として体験しました。
私は建築を志す限り、社会問題と向き合うことは避けて通れないと思っています。建築は美しいものでもありますが、同時に人々の生活に深く根付した、泥臭い営みでもあるからです。そして私たちの生活には美しい理想だけではなく、理不尽な現実もたしかに存在します。今回の留学での多層的な経験を通して、ただ新たな技術や理論を学ぶだけでなく、「誰のために、何のために学び、建築をつくるのか」を改めて考え直すきっかけになりました。この奨学金に応募した際、「多様な知覚を包容する建築を作ること」を目的に掲げたことを覚えています。いつになってもその初心を忘れず、自分の心が拾う感覚を信じてこれからも向き合っていこうと思います。

最後に改めて、留学のきっかけをくださり、温かいご支援を賜りました村田海外留学奨学会の皆様に心より感謝申し上げます。金銭面での援助はもちろん、安心して学業に専念できる環境、そして事務局の方々の温かいお言葉が、留学生活の中で何度も大きな支えとなりました。村田海外留学奨学金のように、分野や条件を限定せず、留学生が自由に研究に専念できる奨学金は他にないように思われます。村田海外留学奨学会のさらなるご発展と、今後の奨学生の皆様のご活躍を心よりお祈り申し上げます。
